リンク

プロフィール

菊地裕介

Author:菊地裕介
菊地裕介プロフィール
1977年東京生まれ。1994年日本音楽コンクールで第2位。高校卒業と同時に渡仏し、パリ国立高等音楽院に入学。ローム・ミュージックファンデーションより助成を受け、高等課程を経てピアノ研究科を修了したほか、5つの一等賞を得てピアノの他に歌曲伴奏、作曲書法の高等課程を修了。2003年からはハノーファー音楽大学ソロクラスでさらに研鑽を積む。文化庁芸術家在外研修制度の助成を受け、2009年ドイツ国家演奏家資格を取得。
皆川紀子、加藤伸佳、ジャック・ルヴィエ、アリエ・ヴァルディの各氏に師事、マリア・カナルス、ポルト、プーランクコンクール優勝、またジュネーブ、ベートーヴェンなど、数多くの国際コンクールに入賞する。
2007年に東京藝術大学の講師に招かれ帰国後、「菊地裕介メシアン生誕100年プロジェクト・幼子イエスに注ぐ20のまなざし、アーメンの幻影全曲演奏」「横浜市招待国際ピアノ演奏会」「毎日ゾリステン」「東京オペラシティB→C」など精力的な活動を展開。2枚目のCDアルバム「B-A-CーH」(DENON)に収録された、バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番、ピアノ独奏版」は、ブゾーニ編の「シャコンヌ」に加えた独自の編曲により全曲を完成させたもので、全音楽譜出版社より自身の解説と校訂により出版された。また2010年にはオクタヴィア・レコード(TRITON)よりオール・シューマン・プログラムによる5枚目のアルバム「ダヴィッド同盟舞曲集」を発売し、収録曲の校訂譜も出版している。同年ベートーヴェンピアノソナタ全32曲録音を開始し、約2年間をかけて完結。また11年6月には2日間で全32曲を完奏するコンサートを名古屋にて成し遂げた。フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガル、チェコ、ポーランドといった欧州の多くの国々でリサイタルを開催、また多くのオーケストラと共演を重ねている。国内では東京交響楽団、東京都交響楽団、東フィル、東京シティフィル、仙台フィル、大阪シンフォニカーなどと共演。室内楽では清水和音、永野英樹とのピアノデュオやオーボエの巨匠モーリス・ブルグ、若手ではフルートの瀬尾和紀との共演など、いずれも好評を博している。2013年10月公益財団法人東京オペラシティ文化財団主催の没後50周年記念フランシス・プーランクの夕べに出演しこの公園が平成25年度文化庁芸術祭音楽部門優秀賞を受賞。
東京音楽大学で後進の指導に当たる。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

たましひのしらべかなでむたまゆらも・・・菊地裕介
クラシックピアニスト菊地裕介の 日常生活や演奏活動のご報告
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

一馬力でがんばるよ!
6月28日(火)
8時40分-19時20分
東京音大

6月29日(水)
9時00分-18時00分
東京芸大
昼飯は根津で生パスタ。
とにかく暑かったので冷製。
3925213_1206283079_162large.jpg

終了後は上野で雑用。

6月30日(木)
8時45分-19時20分
東京音大

7月1日(金)
9時- とても大事なミーティング@西日暮里
12時20分-18時
お弁当抱えて東京音大へ
帰宅
19時-
自宅レッスン

7月2日(土)
7時半ごろには出発
京王線で府中。
会場は古ーい感じの文化会館。
これまた古ーい懐かしいスタインウェイでした。
朝から講評を書きながら、合間に、コンサート。

ピティナ・ピアノステップ
トークコンサート
府中グリーンプラザ けやきホール
1515-1535
リスト 愛の夢第3番
ベートーヴェン ピアノソナタ第28番第1楽章

表彰式、講評、全て終わったのは21時を過ぎていました・・・みなさんおつかれさまでした。

7月3日(日)
9時半集合だったけど、巣鴨なのでわりとゆっくり目の出発。

ピティナ・ピアノコンペティション
G級一次
東音ホール(巣鴨・PTNA本部)

応募者の急増で急遽追加された地区、ということで、東音ホールだったのですが、あの狭い空間の最前列で長時間、本気の演奏を聴くのはかなりしんどかったです。僕もここで演奏させていただいたことがありますが、会場に合わせたプログラムというのも、大切だな、と痛感しました(もともと会場を予定していなかった今日の出場者たちには罪はありませんが・・・)

休憩もほとんどなく、終了は20時過ぎ、
ビルを出たところでばったりS君と門下生たちに会う。
頭痛とともに帰宅。

7月4日(月)
10時00分-18時40分
東京芸大
昼休みは美人チェリストとキャッスルのラーメン(笑)
終了後、ジム。3時間くらいこもってましたが、今日は水泳を600mに増やしました。少しずつ増やす予定。
大学を出るときは、ヘトヘトでだるくてしょうがないんだけど、トレーニングをしてサウナに入ると気分が爽快になるんだから不思議ですよね・・・

7月5日(火)
9時30分-19時15分
東京音大
終了後は、20時30分から自宅レッスン
今日もがんばった!!

7月6日(水)
9時-18時
東京芸大
昼休みは、千駄木のとっくん宅にお邪魔。
ごちそうしていただき、いろいろマンションの話など聞く。
やっぱり共働きとは条件がいろいろ違うことを実感。
僕は一馬力で頑張らないと!
久々に早めの帰宅。さすがに疲れてきてます。

7月7日(木)
8時45分-18時30分レッスン
18時30分-20時30分 ピアノ部会
東京音大
がんばった!

7月8日(金)
午前中を自宅で誰にも会わずに過ごすのは6月10日以降28日ぶりでした。
メールを書いたり、すこしじっくりと過ごしたらあっという間に終わってしまいましたが・・・
15時-21時30分
自宅レッスン

7月9日(土)
8時50分-18時10分
東京音大
帰宅
19時30分-21時00分
自宅レッスン

7月10日(日)
6時起き7時出発
東京駅で朝ごはん
3925213_1222998728_117large.jpg
三島に到着
丹澤楽器の社長さんが迎えに来て下さり、堀江孝子先生に会う。
会場は沼津市民会館
静岡県東部地区PTCコンクール
小中高校生の演奏を審査。

この仕事にご縁をつけて下さったクリスト祐子先生も駆けつけて下さいました。
夕方、終了後は沼津港のお寿司。
3925213_1222998767_129large.jpg
3925213_1222998742_83large.jpg
生しらすって本来こんなにピチピチしたものだとは!

祐子先生が駅まで送ってくださり、堀江先生と東京まで。
今日は何と言っても堀江先生のお話が最高でした。戦争のときの話やらいろいろと身の上を語ってくださって・・・焼け野原からの出発、僕もいろいろと勇気づけられました。
生き字引のような方で、僕が神様のように崇めているピュイグ-ロジェ先生の話やら、ルービンシュタインのリハの話やらいろいろ・・・
心配なことや心細さも「大丈夫まだ若い!」という言葉で頑張れそうな気がしました。大切なことは、あきらめないこと。ですね。

7月11日(月)
10時-18時40分
東京芸大
そののちジムへ。今日は水泳を700mまで増やす。
もっとがんばろう。
こんな素晴らしい贈り物が届き、あっという間に平らげてしまいました。
3925213_1222772846_64large.jpg
3925213_1222772837_230large.jpg

7月12日(火)
8時40分-19時10分
東京音大
粛々と

7月13日(水)
9時-19時芸大
その後北海道からのお客様と西浅草のお気に入り「468」へ。
自宅からも見えるようになってきた浅草のタワーマンションの真下、見上げるとかなりの迫力でした・・・
3925213_1222998781_167large.jpg
3925213_1222998804_181large.jpg
ここは京都出身のシェフが鱧を得意とされていて、ハモ落としはもちろんいただきましたけど、ご覧の鱧ずしというのもなかなかおもしろかったです。半分は穴子なんだけど、ほとんど見分けがつかない。食感は違うのですが・・・
「仙禽」の美味しさを発見。

7月14日(木)
8時45分-20時
東京音大
昼はあついからざるうどんが食べたくなり、でもカレーも捨てがたい、とか思っていたところに目に飛び込んできた
3925213_1222998819_139large.jpg
カレーつけうどん
明日は休日です。旅行です。日帰りで青森。
やった~!!!!!!!
スポンサーサイト
トコトコ(爆食)旅行
6月26日(日)
先月末、株主優待券が期限切れ間近だったので、JR東日本管内の鉄道旅行をすることが急務となり、企画した旅行です。
ちょうど東日本パスが出たところで、同じ内容を割安に実現することも出来たようですけど、月曜日にかけることで鉄オタ(自分含む)によるローカル線の混雑を避けることができるかとも思い、普通の乗車券で廻ることにしました。
買ってきた切符はこの通り。
3925213_1159770367_68large_20110718001027.jpg

東日本でも有数の風光明媚なローカル線、只見線(福島県会津若松駅-新潟県小出駅)と飯山線(新潟県越後川口-長野県豊野駅)がともに未乗だったので、この2つを同時にこなすことにしました。
一日で廻るのはとても不可能なので、只見線内のどこかで泊まろうと考え、どうせ只見線ならできるだけ秘境がいいだろうと考え、調べ上げた上で福島県の奥会津、大沼郡金山町の玉梨八町温泉に決めました。
こんなところなんですけどね。混浴露天風呂があり←
お料理もおいしいらしいです。
http://www.food-travel.jp/onsen/fukushima/tamanashi.html

9時06分発 上野発
東北新幹線 つばさ21号 E3系
3925213_1206306763_90large.jpg
(駆け込み乗車につき下車時に撮影)
10時31分 郡山着
10時46分 郡山発
磐越西線 快速あいづライナー 1号 485系国鉄色
3925213_1206306797_89large.jpg
3925213_1206306822_143large.jpg
11時52分 会津若松着

大雨の降る中、すぐにレンタカーを借りて向かった先は、
約15キロ離れた会津坂下にある坂下(ばんげ)ドライブイン!おめあては・・・
3925213_1206306845_30large.jpg
3925213_1206306860_216large.jpg
馬のレバ刺しとモモ・ロース刺し!
とくにこのレバは、会津ならではの辛味噌醤油に絡めて、最高に美味でした!!!レバ刺しがなかなか食べられなくなった今、これだけのために福島まで行く価値はありますよ!馬は生食用がありますからね!

そして喜多方まで車を飛ばし、
3925213_1206306866_31large.jpg
「黒はせ川」にて、霜降りラーメン。
田舎の住宅街なのに、行列してました。雨の中、お待ちかねで食べたラーメンは、馬刺しの腹ごなしにちょうど良かったです!

再び市内へ戻り、順当に若松城など観光し、粟団子を食べてひとまず終了、
3925213_1206306872_117large.jpg
いよいよ只見線に乗り込みます。

17時01分 会津若松発
只見線 431D キハ40系2連
3925213_1206306891_187large.jpg
3925213_1206306917_114large.jpg
3925213_1206306921_81large.jpg
3925213_1206306903_186large.jpg
3925213_1206306936_140large.jpg
3925213_1206306945_158large.jpg
19時00分 会津川口着
タクシーに乗るつもりだったのですが、駅で降りたのは数名、そして駅前には誰もいない・・・
タクシー会社に電話をかけて、来ていただきました。
10分ほどで今晩のお宿、「旅館玉梨」に到着しました。
実にひなびた、昔ながらの民宿、という感じ、とても懐かしい気持ちになりました。

さっそく入ったお湯はうぐいす色の本格的な温泉でとてもよかったです!
お客は他には1組のみで、混浴露天風呂もほぼ完全な貸し切り状態!

食事もいろいろ世話を焼いていただきました。
3925213_1206306955_225large.jpg
3925213_1206307011_80large.jpg
3925213_1206306959_140large.jpg
3925213_1206306970_236large.jpg
3925213_1206306983_38large.jpg
3925213_1206306996_160large.jpg
おかみさん、「田舎の食べ物」などと謙遜されてましたが、僕が求めていたものがまさにそこにありました。
もう食べきれないくらいの大満腹で、再び風呂に入ったり、のんびりと過ごしていたら、いつのまにか寝てしまいました・・・

6月27日(月)
朝風呂、そして、朝食。
3925213_1206307027_18large.jpg
3925213_1206307045_7large.jpg
3925213_1206307060_2large.jpg
3925213_1206307071_118large.jpg
ご主人に駅まで送っていただきました。

やっぱり福島県というだけで風評被害で客足はかなり遠のいているそうです。そりゃね、放射能はゼロなはず無いですよ。しかし、奥会津なんて東京とほとんど変わらないレベルで、もともと東京の人間が2,3泊程度したところで特に追加のマイナスの影響など考えられません。このあたり、ちゃんとリスク計算できるようになってほしいものです。会津はほとんど被災していませんが、同じ福島県でお金を落とせば県の税収が増えます。被災地にとっても、たとえ微々たるものでもプラスになるはず、人口が多く汚染がひどい福島市内の放射能除染費用の足しになるかもしれない。日本人に義侠心を持つ人間が多ければ、本来ならリスクなく支援できる会津など大盛況になってしかるべきです。しかし、ラーメン屋以外は(笑)どこも空いていましたね。
ま、おかげでこちらはゆったりできましたけど、こんな素晴らしい観光地域の将来がまったく見えない、などと聞くととても悲しくなります。僕の写真ではこの程度ですが、本当に、綺麗なところなんですよ。さて只見線の続きです。

8時10分 会津川口発
只見線 423D キハ40系2連
3925213_1206307082_158large.jpg
3925213_1206307107_232large.jpg
3925213_1206307121_196large.jpg
3925213_1206307331_23large.jpg
3925213_1206307348_29large.jpg
3925213_1206307375_239large.jpg
3925213_1206307183_83large.jpg
3925213_1206307199_12large.jpg
3925213_1206307483_25large.jpg
3925213_1206307280_218large.jpg
10時13分 小出着

とにかく美しい景色でした!
今日は天候も回復し、窓を開けて外の空気に触れました。

小出を散策し蕎麦を食べる。
3925213_1206307506_136large.jpg
3925213_1206307496_95large.jpg
3925213_1206307483_25large.jpg
3925213_1206307490_133large.jpg

11時11分 小出発
上越線 1733M 115系3連
11時23分 越後川口着

列車待ちの時間、ひたすらのんびりと過ごしました。
変な鳥が印象的でした。
3925213_1206307510_235large.jpg
3925213_1206307514_174large.jpg

13時01分 越後川口発
飯山線 186D キハ110 単行
3925213_1206307526_162large.jpg
快適な乗り心地で、
かなりの眠気に襲われましたが、途中から美しい景色にまた目覚める。
3925213_1206307589_56large.jpg
3925213_1206307561_112large.jpg
3925213_1206307550_242large.jpg
3925213_1206307604_83large.jpg
3925213_1206307537_147large.jpg

沿線の長野県栄村は3月12日の地震で被災し、飯山線も長期不通になっていましたが、見事復旧を果たしたところです。

14時57分 戸狩野沢温泉着
輸送力調整で乗り換え
15時10分 戸狩野沢温泉発
飯山線 138D キハ111 2連
3925213_1206307567_171large.jpg
3925213_1206307578_30large.jpg

途中から女子大生?が大量に乗車、2両になった理由がわかりました。
16時09分 長野着

駅近くの地下のビアホールで食べた、名物の信州サーモン、肉厚で美味しかったです。
3925213_1206307622_204large.jpg

続いて、ながでん、こと長野電鉄
長野の地下駅からの出発。

17時13分 長野発
長野電鉄 特急スノーモンキー 253系3連
つい最近まで成田エクスプレスとして東京千葉を走っていた車両です。
最近NEXには全く乗らないので、久しぶりの乗り心地、チャイムの音を堪能。
3925213_1206307662_6large.jpg
17時33分 須坂着

今回ながでんを追加したのは、もうすぐここから乗る屋代線が廃止になってしまうからなんです・・・日本の鉄道はどんどん廃止になってしまいますね。ドイツならきっと残るのでしょうけれど・・・
しかし不便なダイヤで・・・これでは無理もないかな、と思いました。
僕が乗ったこの時間の接続は、例外的に良いだけで、通常は長野からの電車との接続時間が、20分-40分というひどい状態、これは、わざと利用客を減らして廃止の口実にしようとしているんじゃないか、と思っちゃいます・・・

17時37分 須坂発
長野電鉄 屋代線 3000系2連
長野電鉄は東京のお古がいろいろ走っています。これは東急ですが、
3925213_1206307676_116large.jpg
3925213_1206307688_254large.jpg
東京の日比谷線に10年くらい前まで走っていた、懐かしい電車です!
40分弱の旅、今も遜色ない乗り心地。正直、廃止はとてももったいないです。
18時15分 屋代着

長野電鉄は、とにかく若い客が多かったです。
地方は老人ばかりと思ったけれど、そんなことはないのですね。

18時18分 屋代発
しなの鉄道 信越本線 115系3連
18時37分 長野着
18時46分 長野発
長野新幹線 あさま546号 E2系8連
20時22分 上野着

本物の日比谷線(03系)で帰宅。
近くのスーパーで会津の米(ひとめぼれ)を買う。

日本には(それも東京からこんなに近くに)こんなに美しい場所が沢山あるんだと、再認識する素晴らしい旅でした!
一仕事終われば働きづめ
6月13日(月)
前日の興奮も冷めやらぬまま6時半起き。
7時53分の新幹線で東京へ。
日暮里駅に荷物を預けて、10時から芸大の補講。18時半ごろ終了。
荷物を取ってつけ麺食べて帰宅。
3925213_1206280577_102large.jpg

予約しておいた数点の粗大ごみを準備して出す。

6月14日(火)
6時45分、とても気分が悪い目覚め。
コーラとクーラーでごまかし8時40分からレッスン、院の授業も再開、19時30分終了。帰宅。明日の講座の準備。

6月15日(水)
6時起床。東京駅で鯛茶漬け。
3925213_1206280589_137large.jpg
7時56分のこだまで三島、そして沼津市民会館へ。
静岡県東部PTCコンクールの課題曲クリニック。
10時-13時で終了。沼津港の寿司屋へ連れて行っていただく!
3925213_1206283011_201large.jpg

東京へ戻って、病院、書店、夕方帰宅。
かなり疲れました・・・

6月16日(木)
8時45分から東京音大、19時30分まで。
限界に近付いてきました、などとはまだ言っていられない状況・・・

6月17日(金)
帰国後今の家に支払った家賃が600万円を超えていることに気がつき、そろそろ手狭になったこともあり引っ越しを検討中。
前から目星をつけていた台東区のマンションモデルルームを見に行きました。
いろいろな意味で素晴らしいのだけど、音出しに不安あり。いくら防音するとは言っても「うるさ型」が多いと困る。環境の良い高級物件は避けた方がよいかな、と薄々感じました。そもそも高いしね。収入とローン借入額のバランスなど、かなり現実を知る。貧乏・・・
その後文京区の土地も見に行ったけど・・・予算オーバーだし、狭小一戸建てはやはり日照面などで・・・と思う。

午後帰宅後、高松からのお客様を自宅レッスン、そして調律師さまに来ていただく。

6月18日(土)
10時から20時まで自宅レッスンをしていました。昼休みもナシです・・・
現金をかき集めないと引っ越しはできません(笑)

6月19日(日)
朝は荒川区のマンションギャラリーを見に行く。かなり騒音のありそうな立地だが利便性はピカイチ、音出しスタジオには好都合かも・・・
夕方まで練習して渋谷の大和田文化センターにて本番。
さくらホールに行ってしまったらまるで雰囲気が違う上映会??・・・今日は小ホールでした。
リハなしの、いきなり本番でハンマークラヴィーアのフーガ、恐ろしかったですが、まあなんとかなり一安心。
他の出演者の方々もみな素晴らしい演奏で、頭が下がります・・・

2011年6月19日(日) 18:50開演
東日本大震災被災地支援
ピティナ・チャリティーコンサート
渋谷区文化総合センター大和田

菊地 裕介
ベートーヴェン:ピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」op.106 第4楽章

本当はみんなと打ちあがりたかったんだけど、みな終了後はとっとと帰ってしまい・・・僕もおとなしく帰る。

6月20日(月)
今日も午前中に出かけて東京音大の補講。
19時半まで・・・みっちり。その後馬場で飲み会。

6月21日(火)
普通に8時40分から19時30分まで東京音大・・・
およげたいやきくんの世界です(笑)

6月22日(水)
9時から18時まで芸大。
終了後、喘息で停止して以来数か月ぶりのJEXER上野(ジム)
もうなまりきっていました。困ったことです。これから再開するぞ!

6月23日(木)
8時45分から19時30分まで東京音大、

6月24日(金)
8時半から17時まで東京音大。
よくもまあここまで毎日、て感じですよね!
補講まとめるとほぼ休日無くなってしまうのですが、その分もお給料をいただいている訳ですので休めません!評価が時間給の非常勤ならではの辛い事情です。

6月25日(土)
8時出発、千葉の検見川浜でPTNAの審査、EK級とグランミューズ。
これは16時とわりと早く終わったのですが、帰宅して5時間にわたる自宅レッスンで長い1日となりました。
でも、本当に素晴らしい生徒さん達でやりがいのあるレッスンでした。広島からはるばる、お疲れさまでした!
それにしても、千葉市美浜区、液状化の傷跡がかなり残っていました。本当に身近な所に被災地があるんですね・・・

7月中旬まで予定がぎっしりなのだけど、明日26日から2日間は中休み、鉄道乗りまくり旅行です。楽しみ!
ベートーヴェン全ソナタ演奏が済んで
6月5日(日)-6月10日(金)
全てをベートーヴェンの32曲に懸けた。と言いたいところですが、それまでのさまざまな労働の疲れが出てきて、だいぶのんびりと過ごしてしまいました。
そのせいか、最終日、6月10日金曜日には切羽詰まっていて、最終便で名古屋へ向かうことになりました。新幹線に乗った瞬間の、あの諦観の境地、忘れられない思い出です!
深夜24時直前、名古屋に着くと、結構な雨が降っておりました。
マリオットに投宿。バタンキュー

6月11日(土)
7時半過ぎに起きて、風呂、そしてゆっくりと朝食を食べ、お迎えに来ていただき、雨の中劇場へ向かいました。9時過ぎに到着。
即、リハ開始。
10時半には第1ステージリハ終了。
11時には開演です。

第1ステージ 6月11日(土)11時開演
第1番 Op.2-1
第2番 Op.2-2
第3番 Op.2-3
休憩15分
第4番 Op.7
終了 12時45分

開場まで第2ステージのリハーサル
13時30分開場
開演までに休憩と昼食

第2ステージ 6月11日(土)14時開演

第5番 Op.10-1
第6番 Op.10-2
第7番 Op.10-3
休憩15分
東日本大震災の犠牲者をしのび1分の黙祷
第8番 Op.13
第9番 Op.14-1
第10番 Op.14-2
終了 16時

開場まで第3ステージのリハーサル
17時30分開場
調律

第3ステージ 6月11日(土)18時開演
第11番 Op.22
第12番 Op.26
休憩15分
第13番 Op.27-1
第14番 Op.27-2
第15番 Op.28
20時ごろ終演

1日目が終わり、やっぱり壮絶な演奏会であると実感いたしました。
テンションや集中力にもやはり波がありました。
3番、7番、8番、11番、14番あたりはまあまあ悪くは無かったと思います。
明日はどうなることやら・・・21時まで放心状態で翌日の曲を勉強して撤収。

6月12日(日)
やはり7時半に起きて、9時半会場入り。
短いリハののち、10時30分開場。

第4ステージ 6月12日(日)11時開演
第16番 Op.31-1
第17番 Op.31-2
第18番 Op.31-3
休憩15分
第19番 Op.49-1
第20番 Op.49-2
第21番 Op.53

12時50分ごろ終了
リハ
13時30分開場
食事

第5ステージ 6月12日(日)14時開演
第22番 Op.54
第23番 Op.57
第24番 Op.78
第25番 Op.79
休憩15分
第26番 Op.81a
第27番 Op.90
第28番 Op.101

16時ごろ終了

リハ
17時30分開場

第6ステージ 6月12日(日)18時開演
第29番 Op.106
休憩15分
第30番 Op.109
第31番 Op.110
第32番 Op.111
20時15分ごろ終了!

今日は21番、26番、28番、29番、30番、32番2楽章、なんかは悪くなかったのではないかと思いますが・・・23番の付近は、疲れてきているにもかかわらず残り曲数が多かったこともあって、正直、かなり参っていました。26番あたりからは残り曲数が少なくなってスパートをかけていくことでまた調子が上がってきたのですが・・・
次回はこのあたりのペース配分が課題だな、と思いました。まさにマラソンと一緒で、全曲演奏も奥が深い。
しかしだからこそ得られたことは大きい。このように一度に生涯をたどることで、ベートーヴェンがますます身近に感じられ、一体感を感じ、ますます好きになりました。作曲家の生涯における作品のポジションもよくわかります。まさに人生の縮図を感じました。ハンマークラヴィーアの後で後期の3曲に触れることで、作品111の涅槃はより澄んだ感動を呼び起こします。
全曲終了時にはスタンディングオベーションをいただき、自分でも感動いたしました。
これでやっと新約聖書完読、やっとピアニストの道の入口に立った気がします。しかし想像以上にきつかったし…道の先がまだまだ長いことを思い知らされました。人生の課題として、これからもっと磨いていかねば。これからが修行の本番だと感じます。

プログラムをスキャンしたものですが、これを全部2日間で演奏したのか、と思うとやはり感慨深いですね!
3925213_1207122290_76large.jpg
3925213_1207122301_118large.jpg
3925213_1207122314_12large.jpg

挨拶、後片付けなどをして撤収したのは21時をとっくに過ぎてしまっていました。
ホテルへ送っていただいてから街へ繰り出した打ち上げは、なんだか無性に食べたくなったラーメンでした。
3925213_1206280561_63large.jpg

しかし、本当にやらせていただいて良かったと思います。このアイディアの発端となった2008年末の16人のピアニストによる全曲演奏会「アイラブ・ベートーヴェン」をプロデュースされた田中良幸さん、全曲録音にゴーサインを出してくださった江崎友淑さん、名古屋公演を実現に結び付けて下さったプロデューサーの松川能子さん、マラソンコンサートを開催する勇気を与えてくれた横山幸雄さんをはじめ、みなさんとの御縁あってこそこの演奏会は生まれ、無事に終了までこぎつけることができたのです。本当にありがとうございました。

首都圏で開催してほしいとの声もチラホラ。
今回は多くの曲が初ステージだったため余裕が無く、譜面を置いての開催でしたが(見事にフメクリストを務めてくれた葵ちゃんありがとう!)、次回はぜひ、暗譜を完成させて臨みたいと思います。横山氏と同じく1日での開催、というのも一つの目標ではありますが、2日間くらいが本当はいいバランスかも。悩むところです。

全ての公演にお付き合いいただいた方はもちろん、少しでも顔を出してくださったお客様、本当にありがとうございました。
その後、すぐに仕事の波にもまれて、ここまでご報告とご挨拶が遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。

3925213_1207149363_99large.jpg
3925213_1207149340_252large.jpg
3925213_1207149301_189large.jpg

家族、そして重要なスタッフたちと。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。